歳を取って身体の自由が利かなくなったときにできること

健康なときに分からないことの一つに『身体の自由が利かなくなったときに何を感じるか』ということがあります。

ある老人ホームに、90歳を超えて身体の自由が利かなくなり、車いすの生活をされている方がおられました。

その方は、耳が遠くなり聞こえるときと聞こえないときがあるようです。

また、私の話が分かるときもあれば、伝わっていないのかなと思うときもあります。

その方は明るい性格で、私がそばによると良く話しかけてきます。

私もその方が好きで時間があるときは、お話をさせていただいています。

そんなあるとき、その方がいわれました。

『もう私は、何もできん!』

と。

その方は明るい方でいつもにこにこされていましたので、私はその方にいいました。

『何も出来ないなんてことはないですよ。いつも笑っているじゃないですか。いつも私と話しをしていますし。』

その方に、どのように私の言葉が伝わったのかは本当の部分では分かりません。

しかし、私はその方とお話しをしているときは楽しいので、私にとってはそれが大切なことなのです。

高齢者の方とお話しをしていると、たまにこのような話しが出ます。

私はこのような経験をしたことから、『自分が身体の自由が利かなくなった時にどのように感じるのだろうか』と考えるようになりました。

実際にそのときになってみなければ分からないことですが、気になることです。

誰の話しだったかは忘れましたが、『人間は身体の自由が利かなくなった時でもできることがある』といわれた言葉が印象に残っています。

人間は身体の自由が利かなくなっても祈ることはできます。

祈りには様々な祈りがありますが、とにかく祈ることができる。

そのように、その方はいわれていました。

身体の自由が利かなくなった高齢者の方と接するとき、この言葉を思い出します。

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